EU AI法オムニバスとは
EU AI法オムニバスの全体像
EU AI法オムニバスとは、EUが2024年に成立させた包括的なAI規制「AI法(AI Act)」を一部修正する法改正です。正式には「デジタル・オムニバス」と呼ばれ、EUが規制を簡素化するために進める「オムニバスVII」という一連の法案の一部にあたります。大きな特徴は、規制を「緩める」延期と「強める」新たな禁止が、同じ改正のなかに同居している点です。まずは、その中身と成立までの流れを確認します。
EU AI法オムニバスとは何か
この改正には、方向の異なる2つの柱があります。1つは、高リスクとされるAIに課される義務の適用を後ろ倒しにすること。もう1つは、本人の同意なく性的・私的な画像を生成するAIや、CSAM(児童性的虐待素材)を作るAIを新たに禁止することです。
They set fixed deadlines for the delayed application of high-risk AI rules: 2 December 2027 for stand-alone high-risk AI systems, and 2 August 2028 for high-risk AI systems embedded in products. / They added a new provision to the AI Act that prohibits AI practices generating non-consensual intimate or sexual content as well as child sexual abuse material. — 欧州議会 Legislative Train「Digital Omnibus on AI」より
つまりこの改正は、企業の負担が重いと指摘されていた部分は時間をかけて導入し直す一方、社会的な害が大きいAIの使い方は前倒しで禁じる、という組み合わせになっています。
成立までの流れ(採択済み)
この改正は、EUの立法手続きを経て2026年6月に採択されました。交渉から発効までの流れは、次のように整理できます。
EU AI法オムニバス 成立までの流れ
出発点は、2026年5月7日の暫定合意です。EU理事会・欧州議会・欧州委員会の交渉担当者が、改正の内容で折り合いました。
On 7 May 2026, negotiators from the Council of the European Union, the European Parliament, and the European Commission reached a provisional agreement / Once adopted, the amendments will enter into force on the third day following publication in the Official Journal — Inside Privacy(Covington)より
その後、欧州議会が2026年6月に本会議で採択し、EU理事会が2026年6月29日に最終承認しました。採択された改正は、EUの官報に掲載された3日後に発効します。個々のルールが実際に適用される日は、次章以降で見るとおり別に定められています。
高リスク義務の延期
高リスクAI義務の適用期日(延期の前後)
1つ目の柱は、高リスクAIの義務の延期です。AI法は、生活に重い影響を与えうる用途のAIを「高リスク」と位置づけ、重い義務を課します。オムニバスは、その義務が実際に適用される日を後ろ倒しにしました。
何が延期されたか(高リスクAIの義務)
高リスクAIとは、採用や融資、教育、重要インフラなど、人の権利や安全に関わる場面で使われるAIを指します。こうしたAIには、リスク管理やデータの品質確保、記録の保持といった重い義務が課されます。オムニバスは、これらの義務そのものを廃止したのではなく、企業が準備する時間を確保するために「適用の開始日」を遅らせました。義務の中身は残しつつ、施行のタイミングだけを動かした形です。
新しい適用期日(2027年12月・2028年8月)
延期後の期日は、AIの使われ方で2つに分かれます。単独で使う高リスクAI(付属書IIIに挙げられた用途)は2027年12月2日、製品に組み込まれて使われる高リスクAI(付属書I)は2028年8月2日が、新しい適用期日です。
As enacted, those requirements were due to apply from 2 August 2026 in respect of stand-alone AI systems falling within the use cases listed in Annex III, and from 2 August 2027 in respect of AI systems used as a safety component of, or themselves constituting, products falling within the EU sectoral harmonisation legislation listed in Annex I. / The agreed text replaces those dates with fixed application dates of 2 December 2027 for Annex III systems and 2 August 2028 for Annex I systems. — William Fry「Postponed high-risk application dates」より
もとの予定は、順に2026年8月2日と2027年8月2日でした。単独利用の高リスクAIは約16か月、製品組み込みは約1年、それぞれ後ろ倒しになった計算です。この2つの区分は、AI法が高リスクとして定める付属書III(単独で使うAI)と付属書I(製品に組み込まれるAI)に対応します。
新たに禁止されるAI
新たに追加された禁止(第5条)
2つ目の柱は、新たな禁止の追加です。延期で規制を緩めた一方、社会的な害が大きいAIの使い方には、前倒しで歯止めをかけました。
追加された第5条の禁止
オムニバスは、AI法の第5条(禁止されるAIの使い方を定めた条文)に、新しい禁止を1つ加えました。本人の同意なく性的・私的な画像を生成するAIと、CSAM(児童性的虐待素材)を生成するAIです。
They added a new provision to the AI Act that prohibits AI practices generating non-consensual intimate or sexual content as well as child sexual abuse material. — 欧州議会 Legislative Train「Digital Omnibus on AI」より
この禁止は、欧州議会が交渉で譲らなかった、オムニバスの目玉となる新しい制約です。規制を簡素化する改正のなかで、この一点だけは規制を強める内容になっています。
対象と施行日(2026年12月2日)
禁止の対象は、実在する人物の私的な部分や性的な行為を、本人の明確な同意なく描き出す・加工するAIです。EU理事会は、実在の人物のヌード画像を作ったり、写真から衣服を除去したりするアプリを念頭に置いていると説明しています。この禁止は、2026年12月2日から適用されます。
The prohibition—which takes effect on 2 December 2026—amends Article 5 of the AI Act to ban the placing on the market, putting into service, or use of AI systems that generate or manipulate realistic depictions of an identifiable natural person's intimate parts or of an identifiable person engaged in sexually explicit activities, without that person's freely given, specific, informed, unambiguous, and explicit consent. — Inside Privacy(Covington)より
高リスクAIの義務が延期される一方で、この禁止は約半年後の2026年12月に適用が始まります。「緩めるところは緩め、止めるべきものは早く止める」というメリハリが、この改正の性格をよく表しています。
日本の事業者への影響
日本の事業者がいま見るべきポイント
最後に、日本の事業者への影響を整理します。EU AI法は、EU域内に向けてAIを提供する域外企業にも及ぶ枠組みとして知られており、日本の事業者も無関係ではありません。
日本の事業者が見るべき点
実務で意識すべき点は、2つの柱で分かれます。高リスクAIに関わる事業者にとっては、義務の適用が2027年12月・2028年8月へ延期されたため、準備の時間が増えました。一方で、画像生成に関わる事業者は、ヌード生成やCSAMのAIを禁じる新しい規定が2026年12月2日から適用される点に、前倒しで備える必要があります。「延期で猶予ができた部分」と「前倒しで禁止される部分」を切り分けて対応するのが、実務上の要点です。適用範囲の最終的な判断は、官報に掲載される正式な条文で確認する必要があります。
コロラドAI法との違い
より大きな視点では、EUと米国とでAI規制の安定度が対照的です。米国では、州ごとにルールが分かれ、内容も短期間で変わります。実際、全米初とされたコロラドAI法は、施行を前に廃止・差し替えられました。対してEU AI法は、域外適用が明確で全体像も固まっており、今回のオムニバスで適用時期まで具体的に確定しました。多くの日本企業にとっては、揺れ動く米国州法よりも、全体像の固まったEU AI法のほうが、追いやすく優先度も高い検討対象になりやすいといえます。米国側の動きは、コロラドAI法とはの解説記事もあわせてご覧ください。
こうした海外の法令や一次資料は、多くが英語で公開されます。長い英文の条文や解説をAIに要約させるなら、あらかじめマークダウン形式に整えておくと、見出しや箇条書きの構造が保たれて要約の精度が上がります。Webページをそのまま貼り付けると装飾情報が混ざりやすいため、元の文書を整えてから渡すのが、安定した読み解きへの近道です。
EU AI法オムニバスは、高リスクAIの義務を延期しつつ、悪質な画像生成AIを新たに禁じる、緩急のある改正です。日本の事業者にとっては、延期で猶予ができた高リスク対応と、2026年12月に迫るヌード生成・CSAM禁止を切り分け、EU官報の正式な条文を確認しながら備えることが、いま取れる現実的な対応です。



