Project Fetchとは — AIによるロボット自律制御の実験
Project Fetch — Phase 1 から Phase 2 への進展
Project Fetch は、Anthropic の Frontier Red Team(安全性研究チーム)が実施しているロボット自律制御の実験です。市販のロボット犬(四足歩行ロボット)を用い、AIモデルが人間の助けなしにロボットを操作できるかを段階的に測定しています。
この実験は、AIの能力と限界を安全面から評価するレッドチームの取り組みとして実施されています。実際に公開されている記事も、達成できた部分と苦戦した部分を並べて報告する構成になっています。
Phase 1(2025年)— AIは補助役にとどまった
2025年8月に実施されたPhase 1では、当時のモデルであるClaude Opus 4.1が使われました。結果は明確で、Opus 4.1は単独ではタスクを完了できませんでした。ロボットへの接続という最初の段階で行き詰まったためです。
一方で、人間のチームがClaude Opus 4.1を補助ツールとして使った場合には、インターネットと自力だけで進めたチームを大きく上回る成果が出たと公式は報告しています。Phase 1の段階では、Claudeは優秀な「補助役」であっても、自律的に動ける「操作者」ではなかった。
We found that access to our state-of-the-art model at the time (Claude Opus 4.1) helped one team substantially outperform the other, who had to rely only on the internet and their own ingenuity. The Claude-enabled team got more done, faster. / Unquestionably, it could not. Much like our team without Claude, it got hung up on the preliminary task of figuring out how to connect to the robot. — Phase 1 の成果、および Opus 4.1 単独での可否を検証した記述より
Phase 2(2026年)— Opus 4.7が完全自律でロボットを操作
2026年6月18日に公開されたPhase 2では、状況が大きく変わりました。Claude Opus 4.7が、Claude Codeを通じてロボット犬に接続し、制御プログラムを書き、センサーを読むところまでを人間の介入なしにこなしています。
ただし、Phase 1と同じ手順をそのまま解かせたわけではありません。物理的なコントローラーを握る作業はClaudeに課せないため対象から外され、Claudeが書いたコントローラーを研究者が操作してボールを回収する時間も計測していません(意図どおり動くことは確認済みとしています)。Phase 2は、その残りのタスクを対象に、Claude Code上で思考の強度(effort)を最大に設定して3回試行する形で実施されました。
実験で使われたのは市販のロボット犬で、メーカー提供のコントローラー、ビデオカメラ、LiDAR(レーザーで周囲までの距離を測り、空間の形状を捉えるセンサー)を搭載しています。研究者の役割は、ノートパソコンの接続、初期プロンプトの入力、コマンドの承認、次のタスクへ進む承認に限られていました。
Phase 1で接続段階すら突破できなかったモデルの後継が、わずか10ヶ月後にはセンサー接続からプログラム作成、物体検出まで自力でこなすようになった。 モデルの世代間進化の速さを如実に表しています。
For this autonomous update, we couldn't ask Claude to use a physical controller, nor did we evaluate the time it took a researcher to use the Claude-programmed controller to retrieve the ball (though we did confirm that it worked as intended). On the remaining subset of tasks, we ran three trials of Opus 4.7 using adaptive thinking with effort set to maximum in Claude Code. / The role of our researcher was limited to plugging a laptop running Claude Code into the robodog, entering the initial prompt, approving commands, and approving the model to go to the next task. — What did we do? 節(Phase 2 の対象タスク・実施条件と研究者の役割)より
実験結果の数値データ — 速度・コード効率・成否
4タスク共通比較 — 完了時間(分)
棒の長さは完了時間に比例。数値は Anthropic Research 公開値。短いほど高速。
もともとProject Fetchで設定された手順は6つでした。メーカー提供のコントローラーでのロボット操作、ビデオセンサーとLiDARセンサーへの接続、手動制御プログラムの作成と実行、空間内の経路を追う方法の考案、ビーチボールを検出するプログラムの作成、そしてそれらを組み合わせたビーチボールの自律回収です。このうち先頭のコントローラー操作を除いた残りが、Phase 2でOpus 4.7に課されました。 人間チーム双方が完了した4タスクの共通比較と、コード効率、達成できなかった部分を順に整理します。
人間チームの約20倍速で完了(9分35秒 vs 181分)
人間チームの双方が完了した4つのタスクでの比較が、この実験の核となるデータです。AIなしの人間チームは361分、AI補助の人間チームは181分を要しました。これに対し、Opus 4.7は9分35秒で同じタスクを完了しています。
倍率に換算すると、AIなしチームに対して平均で約37.7倍、AI補助チームに対して約18.9倍です。5つのタスクまで範囲を広げた比較でも、AI補助チームの264分に対してOpus 4.7は12分7秒で、同様の大差が確認されています。
2025年8月に人間チームの少なくとも一方が完了したタスクについては、そのすべてでOpus 4.7が10倍以上速く終えています。 特定のタスクだけが速かったのではなく、達成された範囲では一様に桁違いの差が出た形です。
| 比較対象 | 4タスク完了時間 | Opus 4.7との速度比 |
|---|---|---|
| AIなしチーム | 361分 | 約37.7倍遅い |
| AI補助チーム | 181分 | 約18.9倍遅い |
| Opus 4.7(自律) | 9分35秒 | — |
3回の試行を通じて、Opus 4.7のタスク内ばらつきは小さく、コードは大半が初回で正しく動作したとされています。
Claude Opus 4.7—operating without human assistance—was about 20 times faster than the fastest human team at all tasks completed by our participants less than a year ago. / Very simply: on every task that was completed by at least one human team in August, Opus 4.7 completed the same task at least ten times faster.… If you consider the four tasks that were completed by both human teams, Opus 4.7 was, on average, more than 37 times faster than Team Claude-less and more than 18 times faster than Team Claude. — 冒頭の速度比較の結論、および Where did Claude excel? 節より
コード量は人間の10分の1(1,045行 vs 10,309行)
速度だけでなく、生成されたコードの量にも大きな差がありました。
| チーム | コード行数 |
|---|---|
| AI補助チーム | 10,309行 |
| AIなしチーム | 1,136行 |
| Opus 4.7 | 1,045行 |
興味深いのは、AIなしチームのコード量(1,136行)とOpus 4.7のコード量(1,045行)がほぼ同じ点です。突出して多いのはAI補助チームの側で、公式はこの行数の差をOpus 4.7の効率の表れとして挙げています。コード量が少ないこと自体が品質を意味するわけではないものの、冗長なコードを積み上げずに同等以上の成果を出した点は、AIのコード生成効率を測る具体的な材料になります。
Indeed, we can see evidence of Opus 4.7's efficiency when we look at the volume of code it generated: it was as or more successful than both human teams while producing almost ten times less code than Team Claude. — コード量に関する説明より
ビーチボール回収は未達成 — 閉ループ制御の壁
実験の最終タスクは、ビーチボールを検出し、スタート地点の人工芝まで自律的に回収することでした。このタスクは完全には達成されていません。
Opus 4.7はセンサー接続、ボールの検出、ロボットの位置決め(ボールの背後に回り込む動き)まではこなしました。しかし、ボールを正確に動かす段階で制御が不安定になっています。
つまずいたのは、閉ループ制御(リアルタイムで視覚フィードバックを受け取りながら動きを調整する制御方式)にあたる部分です。公式の説明でも、ボールが逸れたことをすばやく捉え、直前の指示との関係を踏まえて次の入力を修正する——人間が得意とするこの循環を、Claudeはうまく再現できなかったとされています。
なお公式は、この先の見通しを2つに分けて書いています。ひとつは事実で、Phase 1の参加者よりロボティクス経験のある自社の研究者が、自律回収のプログラミングを実際に達成しました。もうひとつは予測で、時間とスキャフォールディング(AIの作業を支える追加の足場)をさらに与えれば現行世代のClaudeも同じことができる可能性が高い、と考えている、という書き方にとどまります。実験で確かめられた結果ではありません。公式が次に注目するとしているのは、他のタスクで見せたのと同じ速さと安定性でこの最終タスクをこなせるかどうかです。
Like the humans who reached the phase of needing to write a program for autonomous beach ball retrieval, Claude was able to move the robot behind the ball and position it to knock the ball back to the starting point. But the efforts to do so were poorly controlled and (again, like our human participants) not successful. / One of our researchers with more robotics experience than our Phase One volunteers successfully accomplished the task of programming autonomous fetching. With more time and additional scaffolding, we think it is very likely that current generations of Claude could do the same. — Where did Claude struggle? 節(回収タスクの結果と、その先の見通し)より
AIロボティクスの可能性と限界
Opus 4.7がロボット制御で「できたこと」「できなかったこと」「課されなかったこと」
Project Fetch Phase 2の結果は、AIの現在位置を実測値で示した実験です。ソフトウェア側のタスク(接続、プログラム作成、データ処理)では圧倒的な速度を発揮する一方で、物理世界の連続的な制御には壁が残っています。何が得意で何がまだ難しいのか、以降で整理します。
ロボティクス専用訓練なしで制御できた意味
この実験で重要なのは、Opus 4.7がロボティクス専用のファインチューニング(特定の用途向けのデータで追加学習させ、その分野に特化させる調整)を受けていない点です。ロボット制御向けのデータセットで追加学習をしたわけではなく、公式も、この進歩はロボット能力を上げようとした取り組みの成果ではなく、より一般的なスケーリングから生まれたものだと明言しています。
専用の訓練を足さずに新しい領域へ届いた、という点がこの実験の勘所です。 ロボティクスに限らず、製造設備の操作、IoTデバイス(ネットワークにつながった機器)の管理、物理的なツールの遠隔制御といった分野でも同じ道筋がありうるか、今後の観察対象になります。
Opus 4.7は人間が迷いやすい判断(センサーとのインターフェース方式の選定など)を素早くこなし、書いたコードの大半が初回で動作したとされています。プログラミングが「書く→実行→結果を見る→修正する」という高速なフィードバックループを持つタスクであることが、AIの得意領域と合致しています。
It is worth underscoring (as we did in our previous post) that this progress is not the result of a concerted effort to improve the robotics capabilities of our models. These improvements, like so many others in the history of LLM development, have emerged from much more general scaling. / Whereas the humans struggled to choose between multiple different approaches to interface with the dog's sensors, Opus 4.7 was able to quickly identify the best path. Much of the code it wrote was effective on the first try (which was not the case for Team Claude or Team Claude-less in the original experiment). — 進歩の由来、および Opus 4.7 の挙動に関する説明より
リアルタイムフィードバック制御の課題
一方で、公式がはっきり線を引いているのが「今回は測っていない領域」です。低レベルのロボット制御——「特定のアクチュエーション方策(モーターの動かし方の具体的な計画)を策定する」ような、より難しい要素——は、この実験のどのタスクにも含まれていません。できないと確かめられたのではなく、そもそも課題に入っていないという位置づけです。公式自身、この結果をもってLLMがロボティクスを解決したことにはならない、と釘を刺しています。
プログラミングでは、コードを書いて実行結果を確認し、修正するというサイクルが明確に分かれています。しかしビーチボールの回収では、ボールが逸れたことを見て取り、直前の指示との関係を踏まえて次の入力を調整する、という連続的な処理が要ります。この「見ながら動かす」リアルタイムのフィードバック処理が、今回のClaudeがうまく再現できなかった部分です。
公式がこの先の道筋として挙げているのは、まずモデルが人間を助け、次に人間がモデルを助け、最後にモデルがおおむね自力でこなせるようになる、という順序です。サイバーセキュリティで見られたのと同じ動きが、AIと物理世界の交点でも形になり始めている、と位置づけています。
This doesn't mean that LLMs have now solved robotics. Far from it. The latest Claude models still struggled with using the robot to precisely move the beach ball—the "fetching" part of Project Fetch. And none of the tasks in these experiments implicate the more challenging, low-level elements of robotic control, such as developing a specific actuation policy. However, once again, we are seeing a pattern whereby first, models are helpful to humans. Then, humans are helpful to models. Finally, models are largely able to do things themselves. We have seen this in cybersecurity and now the same dynamics are starting to take shape at the intersection of AI and the physical world. — 実験の限界と全体の位置づけより
実務への影響と今後の展望
Project Fetchの結果から、実務に効いてくる点が2つあります。
ひとつは、AIモデルの世代間進化の速度です。Phase 1(2025年8月)でロボットへの接続すらできなかったモデルが、Phase 2(2026年6月)では残りのタスクを自律で、しかも人間の約20倍の速さでこなすまでになりました。この10ヶ月間の進歩がロボティクス固有の訓練ではなく汎用モデルの性能向上から来ていることは公式も認めており、能力の距離は速く詰まりうるとして、ハードウェアでも同じ軌跡を否定するのは賢明でない、と書いています。
もうひとつは、市販ハードウェアとの組み合わせの容易さです。特注のロボットではなく市販のロボット犬をそのまま使えた点は、産業用途での導入障壁を下げる方向に作用します。ただし公式は、この見立てに「少なくとも限られた用途では」という但し書きを付けており、任意の物理タスクへ一般化できるとは述べていません。
実際にClaude Codeを業務で使い込んでいる立場から見ると、コード生成の速さと初回精度の高さは、日常の肌感覚と一致します。 物理世界の制御にまでその能力が広がりつつあるという実験結果は、AIを業務に組み込む範囲がソフトウェアの枠を超え始めていることを具体的に示しています。
What is interesting and different is that we now seem much closer to a world where models will be able to use off-the-shelf physical tools with relative ease—at least for limited purposes. / But as we have seen, apparently large distances in model capability can be traversed quickly. Models building their own software tools might have seemed outlandish not long ago, but it is happening. It would be unwise to rule out the same trajectory in hardware. — What does this mean? 節(現在地の評価と今後の見通し)より
まとめ — Project Fetchが示すAIロボティクスの現在地
Project Fetch Phase 2は、AIの自律制御能力の現在地を数値で示した実験です。Claude Opus 4.7は市販のロボット犬を人間の約20倍の速度で操作し、コード量は10分の1に抑えました。一方で、ビーチボールの正確な回収という物理的な精密制御には至っていません。
この実験が示しているのは、「AIがロボットを完全に置き換える」段階ではなく、「AIがソフトウェア側のタスクを圧倒的に加速できる」段階にあるということです。物理世界の連続的な制御は依然として人間の領域ですが、次の世代で境界がどこまで動くかは読めません。
この境界を正面から動かしにいっているのが、ロボット制御そのものを目的に作られたモデル群です。Google DeepMindが2026年7月に発表したGemini Robotics 2は、人型ロボットを足先から指先まで制御し、同じモデルのまま別の機体も動かせるとしています。汎用モデルにロボットを操作させるProject Fetchとは出発点が違いますが、比べて読むと、いま何ができて何ができないのかの輪郭がはっきりします。
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