Inkling-Smallとは
Inkling-Small とは、Thinking Machines Lab が2026年7月30日に公開した、重みが公開されているマルチモーダルモデルです。テキスト・画像・音声を入力として受け取り、テキストを出力します。
公式の説明はきわめて簡潔です。「親モデル Inkling の4分の1の規模で、同等の性能を達成した効率的なオープンウェイトモデル」。これが位置づけのすべてです。
親モデル Inkling との関係
理解の前提として、2つのモデルの関係を押さえておきます。Inkling は2026年7月15日に公開された、より大きなモデルです。Inkling-Small はその2週間後に出た小型版という位置づけになります。
Inkling と Inkling-Small の比較(公式モデルカードによる)
| 項目 | Inkling | Inkling-Small |
|---|---|---|
| 公開日 | 2026年7月15日 | 2026年7月30日 |
| ライセンス | Apache 2.0 | Apache 2.0 |
| 層の数 | 66層 | 42層 |
| パラメータ | 総975B / 活性41B | 総276B / 活性12B |
| 文脈の長さ | 最大100万トークン | 最大100万トークン |
| 音声入力の目安 | 20分以内 | 2分以内 |
| 数値形式 | BF16・MXFP8・NVFP4 | BF16・MXFP8・NVFP4 |
どちらも同じ設計思想で作られています。専門家混合(MoE)と呼ばれる構成で、1つのトークンごとに256人の専門家のうち6人へ振り分け、加えて常に働く共有の専門家が2人という配分も同一です。注意機構は局所と全体を組み合わせた方式で、画像は階層的なパッチ符号化、音声は離散トークン符号化で取り込み、すべてを共通の内部空間へ写して一括で処理します。違うのは層の数と規模、そして音声入力の想定される長さです。
A 42-layer decoder-only transformer with a sparse Mixture-of-Experts (MoE) feed-forward backbone: each token is routed to 6 of 256 experts, plus 2 shared experts active on every token. Attention is a hybrid of local and global layers. The model is natively multimodal — images are encoded via a hierarchical patch encoder, and audio via discrete token encoding — with all modalities projected into a shared hidden space and processed jointly by the decoder. / Parameters / 276B total, 12B active / License / Apache 2.0 — 構造・パラメータ数・ライセンスに関する記述より
Date of release / July 15, 2026 / License / Apache 2.0 / A 66-layer decoder-only transformer with a sparse Mixture-of-Experts (MoE) feed-forward backbone: each token is routed to 6 of 256 experts, plus 2 shared experts active on every token. / Parameters / 975B total, 41B active / Numerics support / BF16, MXFP8 and NVFP4 / Audio: WAV format, sampled at 16kHz. For optimal performance, audio length should be within 20 mins. / Inkling supports a context window of up to 1M tokens. — 親モデル Inkling の公開日・ライセンス・構造・パラメータ数・音声入力の目安に関する記述より
「活性パラメータ」で見ると差はもっと小さい
MoE 構成のモデルを比べるときは、総パラメータ数より活性パラメータ数を見るのが実態に近くなります。活性パラメータ数とは、1つのトークンを処理するときに実際に計算へ使われるパラメータの数です。MoE では全パラメータのうち一部だけが毎回動くため、この数字が計算量と応答速度を左右します。
Inkling が活性41B に対し、Inkling-Small は活性12B。動くたびに使われる計算量は3分の1以下という関係になります。公式が「4分の1の規模」と言うときの重みは、ここに乗っています。
Today, we are releasing Inkling-Small, an efficient open-weights model that achieves comparable performance to Inkling at a quarter of its size. / Inkling-Small is a Mixture-of-Experts transformer with 276B total parameters, 12B active, trained on NVIDIA GB300 NVL72 systems. Like Inkling, it features native reasoning over audio and images, variable thinking effort, a context window of up to 1M tokens, and well-rounded performance across a range of benchmarks. — 位置づけ、規模、および親モデルと共通する特性に関する記述より
なぜ小さいほうが一部で勝てたのか
ここがこのリリースでいちばん興味深い部分です。小型版が親モデルを一部のベンチマークで上回っているのですが、公式はその理由を明かしています。
「後から学習を始めた」ことが効いた
種明かしは単純で、Inkling-Small は親モデルより後に学習を始めたということです。そのぶん学習の手順を改善できた、と公式は説明しています。
具体的に挙げられているのは3点です。ひとつは事前学習のデータ配合と機械学習のレシピを変えたこと。もうひとつは、Inkling-Small (preview) という早い段階のチェックポイントに対し、Inkling を教師とする on-policy 蒸留を一部用いて事後学習を施したこと。そしてそのチェックポイントを起点に、エージェント的コーディングの強化学習をさらに2週間回し続けたことです。
蒸留とは、大きなモデルの出力を手本として小さなモデルに学ばせる手法を指します。つまり親が先に走ったからこそ、その走り方を子に教えられた、という構図になります。
Inkling-Small began training after its larger counterpart, which let us improve its training process. For example, we made changes to Inkling-Small's pre-training data mix and machine learning recipe. Additionally, we post-trained an earlier checkpoint, Inkling-Small (preview), in part using on-policy distillation with Inkling as the teacher. Starting from that checkpoint, we continued scaling agentic coding RL for two weeks. — 後から学習を始めたことで改善できた学習手順の内容に関する記述より
ただし全面的に勝ったわけではない
ここを読み飛ばすと誤解します。公式は勝った分野と負けた分野を明確に書き分けています。
上回ったのは推論とエージェント的なコーディングのベンチマークです。一方で、知識の網羅性と事実性については Inkling が優位を保っていると明記されています。小さいモデルが大きいモデルを完全に置き換えられる、という話ではありません。
分野ごとに具体的な数字も出ています。Humanity's Last Exam では Inkling-Small が 31.6% で、Inkling の 29.7% を上回りました。しかもこの優位はどの思考予算でも保たれ、テスト時計算量の曲線は全域で Inkling より上に位置します。SWEBench-Verified では 80%超 です。
With these improvements, Inkling-Small surpassed Inkling on reasoning and agentic coding benchmarks. Inkling maintains an advantage on knowledge coverage and factuality. / On Humanity's Last Exam it scores 31.6%, ahead of Inkling's 29.7%, and the advantage holds at every thinking budget: Inkling-Small's test-time compute curves sit above Inkling's throughout. On SWEBench-Verified it exceeds 80%. — 勝った分野と負けた分野、および具体的なスコアに関する記述より
思考の量を変えられる
もうひとつ、実務で効きそうな特性があります。variable thinking effort、つまり考える量を可変にできる仕組みです。
公式が示している性能比較のグラフは、推論の努力量を minimal から xhigh まで振ることで、性能と計算量の曲線を描く形になっています。つまり用途に応じて、費用と性能の釣り合いを利用者側で調整できるということです。安く速く済ませたい処理と、じっくり考えさせたい処理を、同じモデルで切り替えられます。
価格の目安も公開されています。出力側の価格は Inkling が100万トークンあたり 4.05ドル、Inkling-Small が 1.20ドル。3分の1以下です。
Sweeping reasoning effort from minimal to xhigh traces the performance-cost curve (dollar output price per sample) for Inkling-Small and Inkling on Terminal-Bench 2.1, HLE (no tool), and IFBench. / Inkling output pricing is $4.05 / 1M tokens and Inkling-Small output pricing is $1.20 / 1M tokens; for comparison-model pricing, we use the model provider's official pricing when possible. — 推論努力量の可変性、および両モデルの出力価格に関する記述より
実際に動かすには何が要るか
重みが公開されている以上、自分の環境で動かせます。ただし要件は軽くありません。
GPU要件は量子化版で大きく下がる
配布されているチェックポイントは2種類です。
2つのチェックポイントと必要な機材(公式モデルカードによる)
差は3倍以上あります。量子化された NVFP4 版なら B300 が1枚で足りるというのは、自前で動かす際の現実味を大きく変える数字です。ただし W4A4 モードは SM100 以降のアーキテクチャが別途必要だと注記されています。
動かす際は推論サーバの設定ファイルやリクエストの本文を組み立てることになります。構造を確認しながら進めると詰まりにくくなります。
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The BF16 checkpoint requires a GPU cluster with at least 600 GB of aggregated VRAM. This can be met with either of the following configurations: 4x NVIDIA B300 GPUs / 8x NVIDIA H200 GPUs / The NVFP4 checkpoint offers a quantized alternative that reduces the aggregated VRAM requirement to at least 180 GB. This checkpoint can be run as: W4A4 on 1x NVIDIA B300 GPU (note: W4A4 mode additionally requires SM100+ architecture) / W4A16 on 2x NVIDIA H200 GPUs / Running the model directly on GPU hardware requires an inference deployment framework–either SGLang, vLLM, TokenSpeed, Unsloth, or Hugging Face, along with all of their respective dependency libraries. — 2つのチェックポイントの機材要件と、必要な推論基盤に関する記述より
入力できるものと、その条件
マルチモーダルといっても、何でも無条件に入るわけではありません。公式は入力の条件を具体的に示しています。
画像はピクセルベースであれば形式を問いませんが、各辺40px〜4096pxが性能上の推奨範囲です。音声は WAV形式・16kHzサンプリングで、長さは2分以内が推奨されます。ここは親モデルとの違いが出るところで、Inkling では20分以内とされています。長い音声を扱うなら親モデルのほうが向いている、という住み分けです。
Image: Any pixel-based image input. For optimal performance, each image dimension should be between 40px to 4096px. / Audio: WAV format, sampled at 16kHz. For optimal performance, audio length should ideally be under 2 mins. / Inkling-Small supports a context window of up to 1M tokens. — 画像・音声の入力条件と文脈長に関する記述より
入手経路は3つある
重みは Hugging Face からダウンロードできます。NVFP4 版は別のリポジトリで配布されています。
自前で動かす以外に、同社の Tinker というファインチューニング基盤を通じた API 経由の利用もできます。Tinker Playground ではテキスト・画像・音声のチャットも試せるとされています。加えて、第三者の推論提供事業者を通じた API アクセスも用意されています。いきなり GPU を用意しなくても触れる経路があるというのは、評価を始めるうえで実務的な利点です。
The weights are available for download through Hugging Face here and here for NVFP4. Developers can also access the model using the Tinker fine-tuning platform, which provides API access. / The model is also available via API access through third party inference providers. — 重みの配布経路と API アクセスの手段に関する記述より
We are releasing the full weights of Inkling-Small. We're also making it available for fine-tuning on Tinker, and for text, image, and audio chat on Tinker Playground. — 重みの公開と、Tinker および Tinker Playground での提供に関する記述より
同じ土俵のモデルと比べる
Inkling-Small が置かれている競争環境も、公式資料から読み取れます。
比較対象に並ぶ顔ぶれ
公式が性能比較のグラフに載せている他社モデルには、DeepSeek V4-Flash・Gemini 3.5 Flash-Lite・GPT 5.6 Luna が含まれています。GDPval-AA v2 という評価では、Inkling-Small が 1269、Inkling が 1238 という並びです。
重みが公開されたモデルとしては、Kimi K3 や GLM-5.2 が同じ土俵にいます。この分野で起きているのは、規模を増やす競争ではなく「同じ性能をどれだけ小さく実現するか」の競争です。Inkling-Small の「4分の1の規模で同等」という打ち出しは、その流れのなかにあります。
Spider chart comparing Inkling-Small, Inkling, DeepSeek V4 Flash, Gemini 3.5 Flash-Lite, and GPT 5.6 Luna on ten evaluations scored from zero to one hundred. / GDPval-AA v2 · Inkling-Small: 1269, 23k output tokens/task / GDPval-AA v2 · Inkling: 1238, 28.6k output tokens/task — 比較対象として並ぶモデルと、GDPval-AA v2 のスコアに関する記述より
Apache 2.0 という選択
見落とされやすいのがライセンスです。Inkling-Small も親の Inkling も Apache 2.0 で公開されています。
これは制約の緩いライセンスで、商用利用を含めて広く使えます。公式も、研究・ファインチューニング・第三者製品への組み込みを支えるために重みを公開したと明記しています。ベンチマークの数値は測定条件に左右されますが、ライセンスの条件は左右されません。手元の課題で実際に試して評価できる、という点は確実な利点です。
It is released with open weights to support research, fine-tuning and integration into third-party products by downstream developers. — 重み公開の目的に関する記述より
まとめ:小型版の価値は「親より後に学習した」ことにある
Inkling-Small で目を引くのは「4分の1の規模で同等」という見出しですが、内実はもう少し面白いところにあります。小型版が推論とエージェント的コーディングで親モデルを上回ったのは、後から学習を始めたぶん手順を改善でき、しかも親モデルを教師にした蒸留を使えたからです。規模を削って同じところまで来た、というより、後発の利を取り込んだ結果と読むのが正確でしょう。
同時に、公式が知識の網羅性と事実性では親モデルが優位だと明記している点も重要です。用途によって選び分ける前提になります。長い音声を扱うなら親モデル、費用と速度を優先し推論やコーディングが中心なら小型版、という住み分けが公式資料から読み取れます。
実務面では、量子化版で GPU 1枚まで要件が下がったことが効きます。Apache 2.0 で重みが手に入り、B300 が1枚あれば動く。ベンチマークの数字を眺めるより、自分の課題で走らせてみるほうが早い状況になっています。GPU を用意する前に Tinker 経由で触ってみる、という入り方もあります。設定やリクエストを組み立てる工程では、構造を整えてから流すと事故が減ります。
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