Picbreederとは(実験の背景)
この研究のキーワード
まず、今回の実験が何を再現しようとしたのかを押さえます。鍵になるのは「Picbreeder」という、少し変わった画像進化の実験です。
Picbreederという実験(目標なしで画像を進化)
Picbreeder とは、人々が共同で画像を進化させていた、かつて存在したウェブサイトです。あらかじめ決められたゴールはなく、ユーザーは「面白い」と感じた画像を選ぶだけです。その選択を多くの人が何世代も繰り返すうちに、顔や動物、乗り物、頭蓋骨といった予期しない形が自然に現れました。
"Users simply selected images they found interesting, allowing unexpected forms such as faces, animals, vehicles, and skulls to emerge gradually across many generations and many different people." — 実験の説明より
「目標という幻想」とオープンエンド(再現の動機)
この実験は、ケネス・スタンレー教授らの著書『目標という幻想(Why Greatness Cannot Be Planned)』で中心的に取り上げられた題材でもあります。明確な目標を決めることが、かえって偉大な発見を遠ざけてしまう——そんな逆説を示す例として語られてきました。目標をあらかじめ定めない探索を「オープンエンド」と呼び、これこそが人間の創造性の根幹だと考えられています。 では、そのオープンエンドな探索を、AIは再現できるのか。それが今回の研究の出発点です。
Sakana AIによる再現方法
VLMエージェントがくり返す手順
次に、Sakana AI がこの「目標なしの進化」をどうAIで再現したのかを見ていきます。人間の代わりを担ったのが、視覚言語モデル(VLM)のエージェントです。
VLMエージェントによる再現の仕組み
Sakana AI は、MIT・NYU との共同研究「In Search of the Ingredients of Open-Endedness」で、VLM エージェントを使って Picbreeder の過程を作り直しました。エージェントたちは共有アーカイブを探索し、元にする画像を選び、新しい候補へ進化させ、気に入ったものを公開し、他のエージェントの作品を評価します。 この一連の流れを、人間の集団の代わりにAIが担います。
"The agents explore a shared archive, choose images to branch from, evolve new candidates, publish their favorites, and evaluate the creations of other agents. There is no target image and no explicit definition of what counts as progress." — 再現方法より
目標も進歩の定義も与えない設計
この実験でとくに重要なのは、エージェントに「正解の画像」も「何をもって進歩とするか」の定義も与えていない点です。ふつうのAIは、正解や目標に向けて最適化します。しかしここでは、あえてその目標を外し、面白いと思ったものを選び続けるという、人間の Picbreeder に近い条件を作りました。この設計によって、AIが本当にオープンエンドな探索をできるのかを試せるようになっています。
実験でわかった可能性と限界
人間とVLMエージェントの違い
再現の結果からは、AIによるオープンエンドな発見の「可能性」と「限界」の両方が見えてきました。順に確認します。
AIは同じ発想に戻りやすい/多様な人格で改善
まず限界の面です。人間と比べると、VLM エージェントは同じ種類の画像や発想にくり返し戻りがちでした。似た画像を親に選び、概念の飛躍は小さく、思い切って捨てるよりも手元のアイデアを磨く方に傾きます。
"Compared with humans, VLM agents tend to keep circling back to the same kinds of images and concepts." — 限界について
ところが可能性の面もはっきり出ました。エージェントに多様な「人格」を持たせて集団にすると、探索は大きく改善し、生成されたアーカイブの意味的な幅広さは人間が作ったものに迫る水準に達しました。
"However, introducing a diverse population of agent personalities substantially improves exploration. In some runs, diverse agent populations approached or matched the human archive on measures of semantic diversity and produced more balanced evolutionary trees." — 多様な集団の効果より
オープンエンド進化はより頑健な表現を生む
もう一つ興味深い発見がありました。目標を定めない進化は、より壊れにくい(頑健な)内部表現を生む可能性があるという点です。エージェントが進化させた頭蓋骨の画像は、内部の数値を揺らしても形が滑らかに変わり、勾配降下法(誤差を減らす一般的な最適化)で直接作った画像より壊れにくいものでした。 ただし、人間が集団で進化させたものほどきれいに整理されてはいませんでした。
"A skull evolved by the agents changes smoothly when its underlying neural representation is perturbed, less fractured than a skull directly optimized with gradient descent, although still less cleanly disentangled than one evolved collectively by humans." — 頑健な表現について
残された創造性の差と示唆
まだ埋まっていない差
そして、この研究でもっとも興味深いのは「差が残った」という結果そのものです。可能性を示しつつも、AIは人間の創造性に完全には届きませんでした。
人間は偶然を持続的な発見に変えられる
人間は、たまたま生まれた良いものを、持続的な創造につなげるのが得意です。何か予期せぬものを見つけたとき、その価値を感じ取り、追いかけ、そこからより大きな飛躍を生み出します。AIエージェントも興味深いパターンに気づくことはできますが、そのパターンに囚われてしまいやすい、という差がはっきり出ました。
"Humans appear better at turning fortunate accidents into sustained creative discoveries ... The AI agents often notice interesting patterns too, but are more likely to become trapped in them." — 残された差について
AIに欠けている「材料」とは(今後)
なぜ人間はこうしたオープンエンドな探索を進められるのか。いまのAIに何が欠けているのか。Sakana AI は、そこはまだ十分に解明できていないと率直に述べています。人間の創造性には、今のAIがまだ学び取れていない大切な何かが残っている——それが現時点の結論です。 この問いを、Sakana AI 自身も、同社が取り組むAIを使った科学研究にも通じる大きなテーマだとしています。研究の広がりは、Sakana AIのベンチマーク研究 もあわせてご覧ください。
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